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凡判麻呂 おおしの はんまろ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

凡判麻呂 おおしの-はんまろ

?-? 奈良時代の官吏。
天平勝宝(てんぴょうしょうほう)8年(756)少初位下で史生となり,東大寺の造講堂所,作金堂所などにつとめる。天平神護2年の東大寺墾田図に検田使としてその名がある。ときに正八位上,算師,造東大寺司史生であった。名は判万呂,判万里ともかく。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

凡判麻呂

生年:生没年不詳
奈良時代の下級官人。造東大寺司の史生(書記官),算師(経理係)。姓は直。凡直は中・四国に広くみられる旧国造家の氏姓。東大寺の造営が進行している最中,造講堂所や造金堂(大仏殿)所に勤務したほか,越前(福井県)の東大寺領荘園(糞置庄,高串庄,道守庄)や東大寺領伊賀玉滝杣(三重県阿山町玉滝付近)の検田使として現地に赴き,書記,経理などの実務を担当。最高位は従七位下。

(狩野久)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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