天平勝宝(読み)てんぴょうしょうほう

日本の元号がわかる事典「天平勝宝」の解説

てんぴょうしょうほう【天平勝宝】

日本の元号(年号)。奈良時代の749年から757年まで、孝謙(こうけん)天皇のの元号。前元号は天平感宝(てんぴょうかんぽう)。次元号は天平宝字(てんぴょうほうじ)。749年(天平感宝1)7月2日改元孝謙天皇の即位にともない行われた(代始改元)。この頃、朝廷政治の中心は橘諸兄(たちばなのもろえ)だったが、孝謙天皇即位後、藤原仲麻呂(なかまろ)(後の恵美押勝(えみのおしかつ)、藤原武智麻呂(むちまろ)の子・藤原不比等(ふひと)の孫)の発言力が増し、諸兄は酒席で不敬の言があったとの讒言が原因で失脚した。一方、752年(天平勝宝4)には東大寺大仏(盧舎那(るしゃな)仏像)が完成し、開眼供養会(かいげんくようえ)が催された。754年(天平勝宝6)には唐より鑑真(がんじん)が来日している。前天皇の聖武帝は756年(天平勝宝8)に56歳で崩御し、皇太后の光明子(こうみょうし)は聖武の遺品を東大寺に納めた。これが東大寺正倉院の始まりである。755年(天平勝宝7)には、勅命により「年」の記述が「歳」に改められた。このため、以後は天平勝宝7歳・8歳・9歳と表記された。なお、天平宝字へ改元した時、再び「歳」から「年」に復されている。◇「てんびょうしょうほう」とも読む。

てんびょうしょうほう【天平勝宝】

⇒天平勝宝(てんぴょうしょうほう)

出典 講談社日本の元号がわかる事典について 情報

精選版 日本国語大辞典「天平勝宝」の解説

てんぴょうしょうほう テンピャウ‥【天平勝宝】

奈良時代、孝謙天皇の代の年号。天平感宝元年(七四九)七月二日に天皇即位により改元、天平勝宝九年(七五七)八月一八日に天平宝字元年となる。

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デジタル大辞泉「天平勝宝」の解説

てんぴょうしょうほう〔テンピヤウシヨウホウ〕【天平勝宝】

奈良時代、孝謙天皇の時の年号。749年7月2日~757年8月18日。

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