出縄村(読み)いでなわむら

日本歴史地名大系 「出縄村」の解説

出縄村
いでなわむら

[現在地名]平塚市出縄・高村たかむら

淘綾ゆるぎ郡に属し、南は万田まんだ村、西は寺坂てらさか(現中郡大磯町)、北は大住おおすみ根坂間ねさかま村に接する。南北に伊勢原いせばら道、東西に波多野はだの道が通る。文和元年(一三五二)一二月一八日の将軍足利尊氏御教書写(県史三)によれば、「相模国出縄郷佐竹和泉守跡」を今川上総介範氏代範景に安堵するよう命じており、応永二五年(一四一八)一〇月二〇日の将軍足利義持御教書写(同書)によれば、「相模国出縄郷」の半分が今川範政に渡されておらず、幕府は関東公方足利持氏に残り半分の地を範政代に打渡すよう命じている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む