初倉村(読み)はづくらむら

日本歴史地名大系 「初倉村」の解説

初倉村
はづくらむら

[現在地名]島田市阪本さかもと

大柳おおやなぎ新田の西、色尾いろお村の北、大井川右岸に面し、たびたび洪水被害を受けた。中世初倉庄のうちとみられる。永禄一二年(一五六九)一月二八日の徳川家康判物(朝比奈文書)に「六拾九貫文 いろう・初倉」とみえ、家康が朝比奈十左衛門尉らに鶴見佐渡守旧領の当地内ほかを与えている。文禄二年検地高目録に初倉村とみえ、高四七三石余、掛川城主山内一豊領。正保郷帳では筈倉村とみえ、幕府領、田方一四三石余・畑方五四石余、ほかに種月しゆげつ院・敬満きようまん神社(鏡満大菩薩)領各一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む