剣岳城跡(読み)つるぎだけじようあと

日本歴史地名大系 「剣岳城跡」の解説

剣岳城跡
つるぎだけじようあと

[現在地名]鞍手町新北・中山

新北にぎた中山なかやまの境にそびえる標高約一二五メートルの剣岳山頂部にある山城跡。応仁年間(一四六七―六九)に梅野土佐が築城し、文明年間(一四六九―八七)に宗像氏が城代として野中勘解由貞時を置き、天文年間(一五三二―五五)には秋月文種が跡部安芸守を城代として支配したという(続風土記拾遺)。永禄四年(一五六一)四月上旬、毛利氏に属する杉連並の家臣跡部安芸守が当城に拠って宗像氏を攻める大友軍と戦ったが落城したといい(宗像軍記)、天正年間(一五七三―九二)には秋月種実の属城となったという(続風土記拾遺)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む