加布里村(読み)かふりむら

日本歴史地名大系 「加布里村」の解説

加布里村
かふりむら

[現在地名]前原市加布里

北西は海に面し、東は岩本いわもと村・神在かみあり村、南は田中たなか村。集落は町並をなし、東西八町・南北四町(地理全誌)。北の志摩しま辺田へた(現志摩町)とは船で結ばれていた。文和二年(一三五三)一一月日の綾部幸依軍忠状写(綾部文書/南北朝遺文(九州編)三)に「加布利城」がみえ、同年三月に肥前の綾部幸依は同城と一貴寺いきじ(現二丈町)で宿直警固にあたった。延文六年(一三六一)七月、龍造寺家平は少弐勢に属して同城を攻め落している(同年九月日「龍造寺家平軍忠状」龍造寺文書/南北朝遺文(九州編)四)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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