加生野村(読み)かようのむら

日本歴史地名大系 「加生野村」の解説

加生野村
かようのむら

[現在地名]八郷町加生野

富士ふじ山の南、川又かわまた川と小桜こざくら川の合流点付近に位置し、西は細谷ほそや村、南は月岡つきおか村。永禄年間(一五五八―七〇)月岡村から分村と伝え(新編常陸国誌)、江戸初期に下総関宿藩領(寛文朱印留)、貞享四年(一六八七)から土浦藩領となり(土浦市史)、のち旗本領となる。元禄郷帳には萱生野村三五〇石余とあり、幕末は旗本中島・川副両氏領各一七五石余(各村旧高簿)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 小桜 中原 フジ

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む