勝瓜村(読み)かつうりむら

日本歴史地名大系 「勝瓜村」の解説

勝瓜村
かつうりむら

[現在地名]真岡市勝瓜・鬼怒きぬおか

鬼怒川左岸の段丘上に位置し、南は柳林やなぎばやし村。慶長六年(一六〇一)幕府領、のち宇都宮藩領。慶安郷帳によると畑方のみで、高三九石余。寛政八年(一七九六)の村明細帳(鈴木敏行文書)によれば、承応二年(一六五三)検地を受け、高五五石余、反別一三町九反余(畑一三町三反余・屋敷六反余)、寛文一一年(一六七一)八石はちこく新田(高八石余・反別三町九反余)、明和七年(一七七〇)だい新田(高一四石余・反別二町六反余)、安永二年(一七七三)見取場新田(高一九石余・反別一四町五反余)新田検地が行われたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む