勝馬郷(読み)かつまごう

日本歴史地名大系 「勝馬郷」の解説

勝馬郷
かつまごう

上総国市西しさい郡の郷村で、現市原市勝間かつまに比定される。永仁四年(一二九六)三月一一日の足利貞氏下文案(倉持文書、以下同文書)に市西郡勝馬郷とみえ、倉持家行が父浄円の正応五年(一二九二)の譲状に任せて同所などの所領を相続することを貞氏(一説には家時)から認められている。正安二年(一三〇〇)四月五日の倉持家行譲状では所領を父家行から譲られた倉持左衛門三郎師家はきたる五月の粟船武蔵前司入道(北条泰時)仏事の用途二〇貫文のうち一〇貫文を当郷から負担することになっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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