北奥田村(読み)きたおくだむら

日本歴史地名大系 「北奥田村」の解説

北奥田村
きたおくだむら

[現在地名]美浜町奥田(おくだ)

上野間(かみのま)村の南に続き、西浦(にしうら)街道に沿って伊勢湾に面し、東部には知多丘陵、西は小丘陵がそれぞれ南走する(天保村絵図)。

「寛文覚書」によれば、概高一千二五五石余、田地五五町三反五畝・畑地一三町七反七畝余、新田高二七石余、戸数一三〇、人口八〇〇。将軍上洛・朝鮮使節通行の時人馬を出すとある。「徇行記」によれば、民家は西浦街道沿いに並び、ませ島(じま)・里島(さとしま)・新田屋敷(しんでんやしき)と三集落をなし、「小百姓ハカリ也、漸々貧民多クナルニ随ヒ村借金増長スト也、一体高ニ准シテハ佃力不足ナルニ黒鍬カセキニ出ル者百人ホトアリ、実ニ農業ノ妨ケニナレリ」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む