北宇内村(読み)きたうないむら

日本歴史地名大系 「北宇内村」の解説

北宇内村
きたうないむら

[現在地名]会津坂下町宇内うない

東は北流する旧みや(鶴沼川)を隔てて青津あおづ村、北西津尻つじり村、南は南宇内村で、西は丘陵山地に接する。宇内は上・南・北の三集落があり、高寺たかてら山を中心とする古代仏教の盛んな頃、その堂宇のうちであったための地名という。天正一七年(一五八九)七月二三日の伊達政宗知行宛行状(笹気幸助氏所蔵文書)によれば、「宇内道之西」などが家臣某に宛行われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む