日本歴史地名大系 「北府町」の解説
北府町
きたごまち
[現在地名]武生市国府 一―二丁目・本多 二丁目・桂 町
北陸街道沿いの町で、府中町の北部に位置する。北国府の意。寛永二年(一六二五)の浅井永記録に北府とみえ、家数一二五(南条郡誌)、安永三年(一七七四)の前田家文書では一七九軒(武生市史)。当町の南、
真宗仏光寺派光善寺はもと
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
北陸街道沿いの町で、府中町の北部に位置する。北国府の意。寛永二年(一六二五)の浅井永記録に北府とみえ、家数一二五(南条郡誌)、安永三年(一七七四)の前田家文書では一七九軒(武生市史)。当町の南、
真宗仏光寺派光善寺はもと
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1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...