北御中間町・南御中間町(読み)きたおちゆうげんまち・みなみおちゆうげんまち

日本歴史地名大系 「北御中間町・南御中間町」の解説

北御中間町・南御中間町
きたおちゆうげんまち・みなみおちゆうげんまち

[現在地名]和歌山市北中間きたちゆうげん町・南中間みなみちゆうげん

北御中間町は御駕おかご町の南の横町武家地。南御中間町はその南にあり、西は北土佐殿きたとさどの町に続く。元禄一三年(一七〇〇)の和歌山城下町絵図には南北ともに「御中間町」と記され、中間などのために町割されたと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む