日本歴史地名大系 「北片瀬村」の解説
北片瀬村
きたかたせむら
[現在地名]勝山市片瀬
慶長三年(一五九八)の北片瀬村検地帳(片瀬文書)によると、上田一一町七反余・中田六町四反余・下田二町七反余、居屋敷四畝余、上畠二町六反・中畠七反余・下畠一町二反、永荒一町二反余、田畠計二六町七反余、分米四二六・三七石であった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
慶長三年(一五九八)の北片瀬村検地帳(片瀬文書)によると、上田一一町七反余・中田六町四反余・下田二町七反余、居屋敷四畝余、上畠二町六反・中畠七反余・下畠一町二反、永荒一町二反余、田畠計二六町七反余、分米四二六・三七石であった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...