千賀村(読み)せんがむら

日本歴史地名大系 「千賀村」の解説

千賀村
せんがむら

[現在地名]鳥羽市千賀町

的矢(まとや)湾湾口北岸にあり、東は畔蛸(あだこ)村。「神領記」(神宮文庫蔵)には「千が浦」とある。城山(しろやま)遺跡からは縄文土器片や磨製石斧が出土し、千賀城跡は志摩地頭一三人の一人、千賀志摩が拠り、永禄年中(一五五八―七〇)九鬼氏に攻略された(鳥羽誌)。近世を通じて鳥羽藩領で答志(とうし)郡に属する。享保一一年(一七二六)の村差出帳(徳川林政史蔵)によれば、高四五・一〇二石のうち水主米高三・五八石が寛文四年(一六六四)から定引で、反畝不明の無地三升四合がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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