デジタル大辞泉
「鳥羽市」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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鳥羽市
とばし
面積:一〇七・三三平方キロ
県中東部にあり志摩半島北半部を占める。市域の中央やや東寄りを北流する加茂川のほか河川は小さく平地を欠くが、海岸はリアス海岸で池の浦湾・鳥羽湾・生浦湾などの湾入と、答志島・菅島・坂手島・神島・安楽島(昭和二八年からの埋立により現在は陸続き)など多くの島嶼によって絶好の泊地をなしている。このため泊浦・留泊浦とよばれこれが鳥羽の語源となった。「志摩国旧地考」は「泊浦ハ今ノ鳥羽浦ノ事ニテ往古ヨリ渡船海路ノ碇泊所ナル故ニ泊浦ト呼ベルヲ(中略)何ノ頃ヨリカ泊ヲ鳥羽ノ二字ニ作レリ」と記している。
〔原始・古代〕
縄文時代の遺跡は北部では岩倉町中尾・船津町落口、南部では的矢湾北岸の堅子町・畔蛸町だんだらぼし・相差町神明社境内・国崎町海女潜女神社、島嶼では答志島東岸の大間が浜、大築海島、菅島の福浦などに分布する。弥生時代の遺跡は松尾町・相差町・小浜町や答志島・菅島にある。また古墳は相差町・安楽島にあり菅島・答志島に円墳が多い。古代は「和名抄」記載の答志郡六郷のうち答志・和具・伊可・駅家の四郷にほぼ相当し、志摩半島の北東域を占める。加茂川下流の船津町は鴨部駅の地に比定され、駅馬四疋がおかれた。安楽島の加布良古神社(伊射波神社)は式内社粟嶋坐伊射波神社に比定する説もある。「日本書紀」持統天皇六年五月六日の条に「御
阿胡行宮
」とあり、行宮の地は明らかでないが鳥羽湾周辺とする説がある。平家が権力を握ると祖先の地である伊勢・志摩を領し、その一族の橘氏が鳥羽殿と称し代々支配した。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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鳥羽〔市〕
とば
三重県志摩半島北東端の市。 1954年鳥羽町と加茂,長岡,鏡浦,桃取,答志,菅島,神島の7村が合体,市制。市名は古代の御厨名の泊浦 (とまりうら。船泊りの意) に由来。鳥羽港を擁する中心市街地の鳥羽は,古くから伊豆の下田と並ぶ風待ち港,避難港として繁栄。中世には九鬼水軍の本拠地として知られ,江戸時代は稲垣氏3万石の城下町でもあった。現在は商港,漁港,工業港,観光港の機能をもつ。主産業は観光業,水産業で,リアス海岸の荒磯や多数の島で沿岸漁業が行われ,特に海女によるイセエビ,アワビ,サザエとりは有名。電機関連の工場や造船所もある。海に面してホテル,保養所が並び,水族館,真珠島,イルカ島,海の博物館などの観光施設がある。日和山,鳥羽城跡,正福寺,八代神社などが知られ,河内町庫蔵寺のコツブガヤは天然記念物。海の博物館に展示される伊勢湾・志摩半島・熊野灘の漁労用具は,重要有形民俗文化財に指定されている。また,松尾・河内地区で行われる志摩加茂五郷の盆祭礼行事は重要無形民俗文化財。全市域が伊勢志摩国立公園に属する。 JR参宮線の終点,近畿日本鉄道鳥羽線と志摩線の結節点,伊勢志摩スカイライン,パールロードの起点である。海上では水中翼船,ホバークラフト,伊勢湾フェリーが就航。面積 107.34km2。人口 1万7525(2020)。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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