千音寺村(読み)せんのんじむら

日本歴史地名大系 「千音寺村」の解説

千音寺村
せんのんじむら

[現在地名]中川区富田とみだ町千音寺

東は砂子すなご(現海部郡大治町)、西は新家にいえ村に接し佐屋路に沿った大村。富田庄絵図(円覚寺蔵)に千音寺とみえる。寛文一一年(一六七一)の家数九〇、人数六五二(寛文覚書)。「徇行記」によれば、概高一千七九四石余のすべてが藩士一八人の給知で、田は四一町三反八畝余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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