南八丁堀二丁目(読み)みなみはつちようぼりにちようめ

日本歴史地名大系 「南八丁堀二丁目」の解説

南八丁堀二丁目
みなみはつちようぼりにちようめ

[現在地名]中央区新富しんとみ一丁目

南八丁堀一丁目の東に続く両側町。南は武家地安永三年小間附町鑑によると京間六四間三尺二寸、公役金を納める。名主は一丁目と同じ。なお沿革図書によれば、安永年中(一七七二―八一)には南裏の一部が上野館林藩松平(越智松平)氏屋敷地に組入れられて削られ、同地が信濃須坂藩堀氏屋敷となった天保五年(一八三四)頃には同屋敷地から外され、広小路となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む