南内河野村(読み)みなみうちがのむら

日本歴史地名大系 「南内河野村」の解説

南内河野村
みなみうちがのむら

[現在地名]日田市内河野

石井いしい村の南西方に位置し、内河野川が当村で流れを西に変える。江戸初期は北内河野村を併せ内河野村としてみえ、慶長一三年(一六〇八)内河野村四四五石余が筑後柳川藩主田中隼人室領になったとされる(「豊西説話」「日田記」など)正保郷帳では内河野村として、田高二五三石余・畑高一九一石余、石井郷に属し、茅山有とある。寛文四年(一六六四)の小川代官支配高帳(長野家文書)でも内河野村として免三ツ三分九厘で、永荒一二六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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