南堀端片町(読み)みなみほりばたかたまち

日本歴史地名大系 「南堀端片町」の解説

南堀端片町
みなみほりばたかたまち

[現在地名]米沢市丸(まる)の内(うち)一丁目・城南(じようなん)一丁目

城の南、二の丸堀に接する東西の道の南片側の中級家臣屋敷町。西は堀をめぐらした三の丸御殿。享保一〇年(一七二五)の城下書上によれば町の長さ一七〇間・道幅五間・家数八。ほかに南の南谷地小路(みなみやちこうじ)町と結ぶ南北二つの道、東側に長さ一九三間・道幅二間・屋敷数五の南堀端三ノ横町、その西に長さ一九二間・道幅五間・屋敷数三の同二ノ横町、膳仲(ぜんちゆう)町と結ぶ長さ一七〇間・道幅一間の同西横町がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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