南条保(読み)なんじようほ

日本歴史地名大系 「南条保」の解説

南条保
なんじようほ

近世の南条庄付近に比定される。文明九年(一四七七)六月二九日、幕府奉行人矢野(三善)六郎左衛門尉種倫が在陣費用調達のため、女子相伝所領の「南条保内針江村」の給分を在地の土肥十郎に売却し、政所の裁許を得ている(政所賦銘引付)。天正六年(一五七八)八月、能登穴水あなみず(現石川県穴水町)を退去し、守山もりやま(現高岡市)神保氏張を頼った長連龍が、「なんぢやう村くつれ三郎左衛門と申人のあき城へ御入候」とある(古老紀談)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む