南高井村(読み)みなみたかいむら

日本歴史地名大系 「南高井村」の解説

南高井村
みなみたかいむら

[現在地名]一宮市大和やまと南高井みなみたかい

東は於保おぼ村、稲島いなじま(現稲沢市)、北は北高井村・戸塚とつか村に接する。「寛文覚書」によると田方が多く田五六町余・畑八町余で、概高一千一九五石余、うち九〇二石余が一四人の給知、二九三石が蔵入地となっている。寛文(一六六一―七三)頃の家数六九、人数三八一。

浄土真宗浄真じようしん寺は、寛文以前は弾正だんしよう寺と称した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む