日本歴史地名大系 「印代郷」の解説 印代郷いじろごう 三重県:伊賀国阿拝郡印代郷「和名抄」高山寺本・東急本ともに訓を欠く。「日本地理志料」は「伊之呂」と読む。天喜四年(一〇五六)二月二三日付散位藤原実遠所領譲状案(東南院文書)に「印代郷」とみえ、郷内に「千歳院」「信濃堂」がある。正治元年(一一九九)六月後鳥羽院庁下文案(太上法皇御受戒記後附)は「以阿閇郡印代・服部両郷内字重次名田畠荒野等、号般若庄」と記す。なお天平勝宝元年(七四九)一一月二一日の柘殖郷長解(東南院文書)に「印代万呂」の名がみえる。「三国地志」には「印代今廃」とある。「日本地理志料」は府中(ふちゆう)郷東条(ひがしじよう)・西条(にしじよう)・土橋(つちはし)・山神(やがみ)・印代・坂下(さかのした)(現上野市)にあて、「大日本地名辞書」は「今府中村の内、一宮の辺」とする。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by