又木村(読み)またぎむら

日本歴史地名大系 「又木村」の解説

又木村
またぎむら

[現在地名]長島町又木

長島輪中の中心部にあり、長島江を隔てて西に西外面にしども村、西南まつしま村に接する。長島江の堤に沿って集落も湾曲している。「長島古今図考」に載せる江戸時代初期の長島古絵図によれば、当村は一曲輪の島であった。舟運の便のあった村で、元文元年(一七三六)伊勢神宮遷宮用材が当村に着いた記録がある(長島志)。長島城下町屋じようかまちやの所在地である。明治一六年(一八八三)家数五四、人数二七一(桑名郡志)

願証がんしよう(真宗本願寺派)は村域の東、水田のなかにある。天正二年(一五七四)長島願証寺信長によって滅ぼされたが、その後、名古屋・松坂・桑名などに願証寺が興された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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