友岡村(読み)ともおかむら

日本歴史地名大系 「友岡村」の解説

友岡村
ともおかむら

[現在地名]長岡京市友岡

東は勝竜寺(しようりゆうじ)村、南は調子(ちようし)村。古くは鞆岡(ともおか)と書く。「和名抄」の鞆岡郷が村名となったもので、白鳳期以来の瓦が出土する鞆岡廃寺があり、郷の中心地をなしてきたのであろう。

江戸時代の村高約二七九石のうち、延宝五年(一六七七)に三〇石が粟生(あお)の光明(こうみよう)寺の朱印地とされたほかは一括して蔵入地とされ、鞆岡氏が庄屋を世襲してきた。鞆岡達雄家には天正一九年(一五九一)の友岡彦右衛門宛神足助四郎渡状以下明治に至る文書約六〇〇点を所蔵し、検地帳・宗門帳・免割帳・村入用帳・村明細帳など基本帳簿が多い。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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