古黒部村(読み)ふるくろべむら

日本歴史地名大系 「古黒部村」の解説

古黒部村
ふるくろべむら

[現在地名]入善町古黒部

川の河口左岸に位置し、北は海、南は舟川新ふなかわしん(現朝日町)南西藤原新ふじはらしん村、西は春日かすが村に接し、北陸街道(下街道)がほぼ中央を東西に走る。早い時代は古黒辺と書かれ、村立ては寛永一五年(一六三八)で、「此村ハ先年黒部川通、右之川あがり申跡、寛永拾五年ニ村立仕ニ付、則村名ヲ古黒辺村と申伝候」と記される(「古黒部村由来書上」広川家文書)。村立ての折の草高は六二石余であったが、明暦二年(一六五六)には八三石となり(入善町史)、寛文一〇年(一六七〇)の村御印では草高一八三石、免三ツ九歩(三箇国高物成帳)。享保八年(一七二三)から八度も増高があり、天保一一年(一八四〇)の草高三二〇石(「高免帳」杉木家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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