善久町(読み)ぜんきゆうまち

日本歴史地名大系 「善久町」の解説

善久町
ぜんきゆうまち

[現在地名]会津若松市日新町につしんまち

当麻中たいまなか町の北に並び、東は大和やまと町から西は西名子屋にしなごや町まで、長さ二町四二間・幅三間余、家数三一。蘆名盛氏の家臣佐瀬大和の名子が住んで、大和名子屋やまとなごや町と称したが、町の北側に真言宗法光院善叶ぜんきゆう寺があったので町名となり、のちに善久町と改めた(新編会津風土記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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