因幡庄(読み)いなばのしよう

日本歴史地名大系 「因幡庄」の解説

因幡庄
いなばのしよう

上稲葉かみいなば町・下稲葉町が遺称地とみられる奈良東大寺領庄園。天暦四年(九五〇)一一月二〇日の東大寺封戸庄園并寺用帳(東南院文書)に「神崎郡因幡庄田百廿一町廿六歩」とみえ、仁平三年(一一五三)四月二九日の東大寺諸庄園文書目録(守屋孝蔵氏所蔵文書)に「神崎郡因幡庄券案 一巻一枚 勝宝八年」とある。おそらく天平勝宝八年(七五六)の聖武太上天皇の七七忌に施入されたものと思われる。しかし宝亀六年(七七五)三月二日の蒲生周恵庄解(正倉院文書)には「因幡田已荒在」と記されており、開発当初より庄園経営は良好な状態にはなかったようである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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