土与丸村(読み)どよまるむら

日本歴史地名大系 「土与丸村」の解説

土与丸村
どよまるむら

[現在地名]東広島市西条さいじよう町土与丸・西条末広さいじようすえひろ

西条盆地北東部に位置する。北の吉行よしゆき村、南の助実すけざね村、西の四日市次郎丸よつかいちじろうまる村とは平地続きで、東の宮領みやりよう村との間に通称大平おおひら山がある。なか川が南西に貫流して黒瀬くろせ川に注ぐ。中世寺町てらまち村に属し、永正一五年(一五一八)二月三日付毛利興元宛行状(「閥閲録遺漏」所収坪井左兵衛家文書)に、土与丸のうち林半名を坪井元定に与えるとあるが、興元は永正一三年に没しており、全面的には信頼できない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む