地内町(読み)じないまち

日本歴史地名大系 「地内町」の解説

地内町
じないまち

[現在地名]姫路市地内町

姫路城の南西、小姓(こしよう)町の南に位置する。町名は船場本徳(せんばほんとく)寺(現真宗大谷派姫路船場別院本徳寺)の寺内または地内の町という意。慶長六年(一六〇一)の城下町割により池田家組屋敷が配置された。元和四年(一六一八)姫路藩主本多忠政は、東本願寺実如の要請を受けて東本願寺別院(船場本徳寺)を創建するために組屋敷を寺地として提供した。町名は船場本徳寺が出来てからのものであるが、通称を地内町といったのか寺領であったためか、江戸時代の文献や絵図で地内町と明記したものは少ない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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