坂野新庄(読み)さかののしんしよう

日本歴史地名大系 「坂野新庄」の解説

坂野新庄
さかののしんしよう

南北朝期にみえる庄園で、現坂野町一帯に比定される。「和名抄」に記す坂野郷域に立庄されていたと思われるが、坂野本庄は史料上に確認できない。建武三年(一三三六)五月一五日の細川和氏・同顕氏連署奉書案(阿波菅生文書)に「坂野新庄」とみえ、村岡武藤三郎入道の後継者に対し、当庄の中方地頭職(織原弥三郎入道跡)の所領であった当庄中方地頭職を、先に勲功の賞として与えられたもと仙波大夫房の所領であった加納かのう(比定地未詳)の替所として宛行っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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