埴原田村(読み)はいばらだむら

日本歴史地名大系 「埴原田村」の解説

埴原田村
はいばらだむら

[現在地名]茅野市米沢よねざわ 埴原田

永明寺えいめいじ山の東、さき村の北に位置し、東部はかみ川が西流し、村を南北に大門だいもん道が貫いている。嘉禎三年(一二三七)の奥書をもつ「祝詞段」に「埴原田チカト(千鹿頭)」とあるのが埴原田郷の初見である。

守矢満実書留の文明一三年(一四八一)諏訪神社上社神使御頭等精進始の項に、「十一月廿二日、御精進始、祝達礼式、(埴)原田小太郎(諏方二男)殿御精進、御左口神付申祝一貫」と、御左口神みさぐちがみ降しの祝銭のことがあげられている。埴原田小太郎は上原うえはら城に拠る惣領家諏方政満の弟で、埴原田城(上原城の北の押え)に拠ったが、文明一五年正月八日、前宮神殿まえみやこうどのにおいて上社大祝継満のために兄政満ともども謀殺された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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