埴岡郷(読み)はにおかごう

日本歴史地名大系 「埴岡郷」の解説

埴岡郷
はにおかごう

和名抄」所載の郷。高山寺本の訓は「波尓乎賀」。「播磨国風土記」に「岡里」とみえ、生野いくの大川内おおかわち湯川ゆかわ粟鹿川内あわかかわち波自加はじかの村などの地名について記載する。里名の由来は昔大汝命と小比古尼命が争い、埴(粘土)を担いで遠く行くのと、大便をしないで遠く行くのとの我慢比べを行い、数日を経て大汝命が耐えられず大便をし、小比古尼命も同じように粘土が重くて苦しいといって、それをこの丘に投げ捨てたことによるという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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