塩戸庄(読み)しおべのしよう

日本歴史地名大系 「塩戸庄」の解説

塩戸庄
しおべのしよう

あい川西岸の塩部しおべを遺称地とし、市西部にあったとみられる。文治二年(一一八六)四月八日の醍醐寺文書目録(醍醐雑事記)には未沙汰文書櫃一合に納められた「甲斐国巨摩郡塩戸庄文書」が記載されるから、山城醍醐寺領であったことがわかるが、庄園としてはその後の史料にはまったく登場しない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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