境堰(読み)さかいぜき

日本歴史地名大系 「境堰」の解説

境堰
さかいぜき

黒石陣屋跡の南の崖下を流れる堰で、弘前藩と黒石領(のち黒石藩)の境界でもあったため、近世には境堰とよばれ、現在は宇和(うわ)堰ともよばれる。

堰の取入口は牡丹平(ぼたんだいら)で、末流の境松(さかいまつ)まで八四町である(浅瀬石川郷土)。灌漑面積は天保三年(一八三二)の浅瀬石川堰反別水仕分け覚書(浅瀬石川郷土誌)に「田百二町六反歩」とある。封内事実秘苑(市立弘前図書館蔵)明暦二年(一六五六)二月二日条に「黒石境堰を片取堤を築」とあり、同年信英の黒石領分知の際に馬場尻(ばばしり)の境界堰とともに開かれたものと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む