大倉七左衛門宣利(読み)オオクラ シチザエモンノブトシ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「大倉七左衛門宣利」の解説

大倉 七左衛門宣利
オオクラ シチザエモンノブトシ


職業
能楽囃子方(大鼓大倉流)

肩書
大倉家15代目

本名
大倉 宣利

生年月日
明治31年 6月12日

出生地
奈良

学歴
東京音楽学校能楽囃科

経歴
14代目大倉繁次郎の長男少年の頃東京に移住池内信嘉が主宰する能楽会の囃方養成会の補助を受けて父につき修行する。のちに家元を継ぐが、梅若流樹立に参加したことで家元権を取り上げられた。

没年月日
昭和51年 4月23日 (1976年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

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