家元(読み)いえもと

精選版 日本国語大辞典 「家元」の意味・読み・例文・類語

いえ‐もと いへ‥【家元】

〘名〙
① 能楽、舞踊、音曲、香道、茶道、華道、武術などの技芸で伝統を継承してきた家筋。室町時代から起こり、江戸時代に盛んになった。宗家。「家元制度
随筆・近世江都著聞集(1757)一一「其分にしては家元の家督なるべからず〈略〉正風の絵にはいかやうの名人なりとても家元の上に立がたしと多年案じて一流の姿を工風して今一蝶流と云画を書始けり」
分家から本家を指していう語。
政談(1727頃)一「屹と其家本の親類より其者を尋出し」

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デジタル大辞泉 「家元」の意味・読み・例文・類語

いえ‐もと〔いへ‐〕【家元】

技芸の道で、その流派の本家として正統を受け継ぎ、流派を統率する家筋。また、その当主。室町時代に始まり、江戸時代に諸芸道の発展とともに、能楽・狂言・舞踊・音曲・香道・茶道・華道・武道などについて多くいうようになり、現代に及ぶ。宗家そうけ
[類語]本家宗家総本家当主主家本家本元

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改訂新版 世界大百科事典 「家元」の意味・わかりやすい解説

家元 (いえもと)

家元という言葉の初見が《江都著聞集》(1757・宝暦7)であるように,江戸時代中期ごろになると芸能世界に家元とよばれる特殊な権威者が登場する。とくに茶道や花道のような客観的な技術の評価がむずかしい型の文化を伝授する芸能では,流祖以来血脈的な権威の継承が重要な意味をもち,なおかつ家元成立の条件として多数の素人入門者が家元を経済的に支えていることがある。池坊では1678年(延宝6)より門人帳が作成され,江戸時代後期になると茶道の堀内家の門人帳も作られるなど,各茶花道の流儀では家元に誓約をたてて入門する門人制が広く成立する。誓約の内容は家元の権限,弟子の義務にかかわるもので,その第一は免許権と教授権である。家元からは段階的に高度化する免許が与えられ,弟子は免許によってさらに弟子をとって教授する権限が分与される。こうして中間教授層が生まれ,ピラミッド型の家元制度ができる。しかし免許状は家元以外からは発行できないのが一般的で,いかに高弟であっても家元に成り代わることは認められない。ところが茶道の石州流では古くから免許権そのものを相伝する。その結果,石州流ではさまざまの分派と家元を生じ今日に至っている。免許の内容はその他多岐に分かれるが,流儀固有の名乗を与えることがある(名取)。茶道のなかには宗の1字をとって〈宗○〉という名を家元が与えることがある。本来は禅寺より在家修行者に許された法諱に由来するものであろうが,千利休が宗易と称したので,その1字をもらって茶名としているのである。家元には統制権,破門権もあり,家元が決定した伝授内容,諸道具等に改変を加えることは許されないし,これを犯せば破門される。

 幕末に印刷された《諸流家元鑑》によれば,宗教,文学,学問,武芸,遊芸等の諸ジャンルに家元が成立していたようだが,内容には千差があったであろう。池坊では当時門弟6万人以上を擁し,明治維新の激動期にも家元組織はゆるがなかったといわれる。しかし特定の大名豪商に依存していた茶道や能楽は維新期に壊滅的な打撃を受け,かろうじて地方の門弟によって維持されるという状態であった。なかには廃絶した家元も少なくない。明治中期以降,伝統芸能の復興にともなって,再び入門者も増加し,家元制は新しい展開をみせた。とくに茶道では高等女学校を中心に茶儀科へ家元の出張教授が行われ,あわせて女子礼法として茶道が再評価されるなかで急速に流儀茶の女性化が進んだ。昭和10年代には膨大な女性人口を背景に家元は成長し,ことに戦後,数百万の門弟をもつ巨大家元が茶花道の世界に誕生してきた。
執筆者: このような家元制度の組織形態は,師匠-門弟という主従関係の連鎖的ヒエラルヒーであり,それを統括する家元を家父長とみなす,擬制家族的な組織と考えることができる。宗家を頂き,名取制度と疑似家族制度を根幹に据えた,日本独自の組織形態だともいえる。それは,近代的ビューロクラシーに似るが,内容的には異なる。そこでは,それぞれある程度自立した各段階の師範・名取が,家元に代わって,あるいはその名代として末端の弟子を教え,トップの家元は流派の全成員を直接には統括しない。むしろ家元は,流派組織のシンボル的存在である。家元が流派の全体を覆う権威をもつことは事実だとしても,組織の実際の運営権は,教授資格をもつそれぞれの段階の師匠に委ねられる。家元制度は,近代官僚制のような,権力がトップに集約化され人的資源が専制的に統括される独占型組織とは区別され,象徴的首長を頂く形の人的組織として理解されるべきであろう。
執筆者:

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百科事典マイペディア 「家元」の意味・わかりやすい解説

家元【いえもと】

いけばな茶道邦楽舞踊狂言など日本の古典芸能の社会で,一流一派の正統を伝える家筋,また世襲によりその地位にある人。宗家ともいう。江戸期に典型的に発達,家元と末端弟子の間に芸名を名乗ることを許された教授代行者(名取(なとり))が存在するが,免許状発行権は家元が独占し,師弟間の結合を確保する。
→関連項目日本舞踊

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「家元」の解説

家元
いえもと

日本の芸道・武道・学問・宗教などで,その流派の正統とする精神・芸風・技術などを伝える家,あるいは人をいう。平安時代から歌道・雅楽・蹴鞠(けまり)などに存在が認められる。多くは江戸時代以降に成立し,代々血縁的に世襲される場合と,人格・技能がとくにすぐれた人物が継ぐ場合がある。家元制の構造は師匠と弟子の家父長制的主従関係を基本とし,古来の伝統を重視し,名取などの任免権による収入や,秘伝・秘技の独占などの問題もあるが,日本文化の伝統保持のための効率的組織であることから,その必要性も説かれる。茶道の三千家(さんせんけ)・遠州流・石州流,華道の池坊(いけのぼう)・草月流・小原流,能楽の観世流・金春(こんぱる)流,剣道の柳生流・一刀流などがある。江戸時代には家本とも書いた。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「家元」の意味・わかりやすい解説

家元
いえもと

日本古来の芸道で,流派の正統としての権威を受継ぎ,流派の門弟を統率する家もしくはその当主をいう。すでに平安時代から,歌道や雅楽の分野に家元が形成され,戦国期には武芸の家元が現れたが,江戸時代には広くさまざまの芸道分野に,この制度が展開して今日にいたる。家元は,統制,教育機関を通じて全門弟にその権威を及ぼし,流派の諸芸の免許を与え,その流派にそむいた門弟を破門する。舞踊,邦楽,茶道,歌舞伎や,音曲,その他さまざまの分野にみられる制度である。なお,舞踊などでは流派によって家元とは別に宗家を立て,兼任する場合や家元引退後に宗家を名のる場合がある。

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旺文社日本史事典 三訂版 「家元」の解説

家元
いえもと

芸道で,流派の正統を相伝していく家
宗家 (そうけ) ともいう。起源は平安・鎌倉時代,歌・雅楽・書などの芸能や趣味生活の分野などに求められ,戦国時代末期以降は,武術の面でも家元制度が行われた。しかし家元を頂点とするヒエラルヒーが確立し,庶民層にまで拡大して文化の伝承に大きなはたらきをするようになるのは江戸中期以後である。遊芸の発達に伴って,それぞれの派の取締り・免許伝授にあたり,家元は師範・名取などの中間教授陣を通して弟子全体にその力を及ぼした。生け花・能・舞踊・茶道・音曲などに行われる。

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世界大百科事典(旧版)内の家元の言及

【茶道】より

…その3人の息子たちはそれぞれ表,裏,武者小路の三千家としてわび茶の伝統を守り,また山田宗徧,杉木普斎らの宗旦の高弟たちは元禄時代に登場してくる新興都市民の間に茶道を広げた。18世紀の茶道の特徴は町人の間に広がった茶道が遊芸化し,それにともなって茶道が家元制度(家元)をとりはじめることだ。19世紀になると,遊芸化した茶道への批判として,秘伝に隠された茶道具の実証的研究を軸に名物を中心とした茶道の復興を試みる松平不昧(松平治郷(はるさと)),あるいは茶道を精神的修行の場として再認識しようとする井伊直弼,あるいは茶を既成の芸道から解放して文人の楽しみとしようとする煎茶道などの新しい動きがあらわれた。…

【日本社会論】より

…日本の〈原組織〉イエモトというのは,大都市などで,この〈同族〉に模してつくられた協同団体corporationのことなのである。それは,芸道の家元制度(流派)を分析上の範型とするような,親族類似の組織体(自発結社)を指している。家元は,川島や西山松之助も指摘するように,宗家を家父長に見立てる大擬制家族であるとともに,師匠―門弟という主従関係の連鎖から成るヒエラルヒーである。…

【許物】より

…芸能の伝授には,伝統的に秘事観念があり,技芸の相伝は特殊能力の分与と考えることから,極意,奥義,秘儀,秘技,秘伝,秘曲などという性格が生じ,これが許物の制度となった。近世以降家元制度(家元)が発達したことから,家元は秘事・秘伝に関する相伝権(免許権)を独占管理するようになり,家元に伝授料を支払って免許状を受ける。弟子は免許状をとって教授権を得,名取(師範)になることはできるが,免許状の発行はできない。…

※「家元」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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