大子城跡(読み)だいごじようあと

日本歴史地名大系 「大子城跡」の解説

大子城跡
だいごじようあと

[現在地名]大子町大子

久慈川とおし川の合流点右岸の山頂(二八二メートル)にある。北北東に大子の市街地が開け、東方は南流する久慈川を眼下に望む。

「新編常陸国誌」は「其地高低一ナラズ、高処方十間許、東西並ニ低地アリ、西ハ縦二十四間、横十六間、東ハ縦二十二間、横五間、是ヲ本城トス、外城東西十四間、南北十六間、道広四間、長三十間、下亦平地アリ、東西二十間余、広二間、土人伝ヘ云フ、芳賀河内守始テ築ク、世々白河氏ニ属ス、中世岩城氏ノ為ニ并セラレ、嗣絶ユ、今山下鎧淵ト称スル池アリ、城陥ルノ時、芳賀氏身ヲ投ズル所ナリ、岩城氏其臣ヲ遣ハシ、之ヲ守ル四十余年、後佐竹氏ノ為ニ并セラレ、城廃スト、然レドモ其時代ヲ詳ニセズ」と大子城跡の規模・由緒を伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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