20世紀日本人名事典 「大島義修」の解説 大島 義修オオシマ ヨシナガ 明治〜昭和期の教育家 宮中顧問官。 生年明治4年8月(1871年) 没年昭和10(1935)年7月1日 出身地兵庫県 旧姓(旧名)芦田 学歴〔年〕帝国大学文科大学哲学科〔明治27年〕卒 経歴明治25年先代緑の入夫となり家督を相続する。第四高等学校教授、文部省視学官、東京音楽学校校長、第八高等学校校長、女子学習院長、帝室博物館総長などを歴任。退官後、宮中顧問官となった。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大島義修」の解説 大島義修 おおしま-よしなが 1871-1935 明治-昭和時代前期の教育者。明治4年8月生まれ。四高教授,東京音楽学校長,八高校長,女子学習院長,帝室博物館総長などを歴任。退官後宮中顧問官となった。昭和10年7月1日死去。65歳。兵庫県出身。帝国大学卒。旧姓は蘆田。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by