大平賀村(読み)おおひらがむら

日本歴史地名大系 「大平賀村」の解説

大平賀村
おおひらがむら

[現在地名]富加町大平賀

津保つぼ川中流右岸の山間地帯に位置、飛騨への街道筋にあり、東は大山おおやま村、南は肥田瀬ひだせ(現関市)、西は市平賀いちひらが村・武儀むぎ吉田きつた(ともに現同上)、北は同郡志津野しつの(現同上)。現関市の新長谷しんちようこく寺蔵の応永一五年(一四〇八)六月一日の説無垢称経奥書に「濃州路平賀郷梅橋寓居比丘善勧」の記載がある。もと平賀郷の一部をなしていたと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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