大王丸村(読み)だいおうまるむら

日本歴史地名大系 「大王丸村」の解説

大王丸村
だいおうまるむら

[現在地名]織田町大王丸

織田村の西にあり、地籍は入組んで境界不詳。享禄元年(一五二八)一一月二八日付織田寺々庫収納田数帳(劔神社文書)に「織田大明神社納分」として「六斗 大王丸」と記され、中世つるぎ大明神領に含まれていた。永正一七年(一五二〇)四月二三日付右衛門誓状(同文書)によれば、大王丸正善の子右衛門が「千手院御買徳候之内を院中西之地下衆ほり田仕りて饗之事神田ニ仕付候」事を申出ている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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