大立野村(読み)おおだてのむら

日本歴史地名大系 「大立野村」の解説

大立野村
おおだてのむら

[現在地名]磐田市大立野・東新町とうしんちよう一丁目

東貝塚ひがしかいづか村の南にあり、西は西之島にしのしま村、南は蛭池ひるいけ(現福田町)山名やまな郡に属する。永禄一二年(一五六九)二月一九日の徳川家康判物写(「古文書集」所収川口七郎右衛門家蔵文書)御厨みくりや郷のうちの一所として大立野がみえ、松下筑後入道に宛行われた。正保郷帳では高二四五石余、幕府領。うち田方二二一石余・畑方二一石余、慈照寺領二石余、日損と注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む