大野ノ瀬戸(読み)おおののせと

日本歴史地名大系 「大野ノ瀬戸」の解説

大野ノ瀬戸
おおののせと

厳島と主として大野町・大竹市域沿岸との間の海峡をいう。南は厳島の革籠こうごう崎と大竹市の木野この川河口とを結び、北は厳島のひじり崎と廿日市はつかいち地御前じごぜんとを結ぶ海域吉見よしみノ瀬戸ともよばれた。棚守房顕日々記(野坂文書)の天文一〇年(一五四一)正月一五日の記事に黒河隆尚らの大内軍が厳島に押寄せた伊予能島水軍を撃退したことが記され、「房顕父子、黒河刑部少輔殿御船ヘ大野瀬戸ニテ取乗」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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