大鹿窪村(読み)おおしかくぼむら

日本歴史地名大系 「大鹿窪村」の解説

大鹿窪村
おおしかくぼむら

[現在地名]芝川町大鹿窪

西山(にしやま)村の北、鳥波(とりなみ)村の東、芝川中流域に位置する。大鹿とも記される(駿河志料)。天正五年(一五七七)閏七月一四日の武田家朱印状写(判物証文写)によれば、武田氏が御宿友綱に油野(ゆの)郷内に富士浅間社(富士山本宮浅間大社)の流鏑馬役を課すよう命じたが、そのうち「みさハかいと」は一〇〇文を課されている。「みさハ」は当村内三沢(みさわ)に比定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

1 多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。語のほかに接辞や連語・諺なども収める。また、語の表記単位である文字、特に漢字を...

辞書の用語解説を読む