天正寺村(読み)てんしようじむら

日本歴史地名大系 「天正寺村」の解説

天正寺村
てんしようじむら

[現在地名]富山市天正寺

五百石(ごひやつこく)往来沿いに位置し、南東は山室町(やまむろまち)村。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では草高三五三石、免三ツ九歩、小物成は鮎川役二匁(三箇国高物成帳)。天保一一年(一八四〇)の打銀高二七二石、免三ツ九歩、ほかに金山十次郎御扶持高四五石がある(「高免帳」杉木家文書)。所属組は流杉(ながれすぎ)村と同じ。又兵衛家(金山家)は藩政初期から幕末に至るまでほぼ継続して十村役を勤めた。初め東文珠寺(ひがしもんじゆじ)村(現大山町)に住したが、寛文一一年三代彦三郎が藩命によって当村へ移住、享保九年(一七二四)新川郡内最高位の無組御扶持人十村に推挙された(杉木家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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