…家康のタイのてんぷら中毒死説はこのような巷間の俗説に便乗したもので,文献には〈鯛(たい)をごまの油で揚げ〉と書かれているだけである。
[てんぷら屋の発達]
てんぷらが江戸の人気を博したのは屋台の食べ物として庶民に歓迎されたからで,天明(1781‐89)ころの黄表紙には点景としててんぷら屋台が登場する。それらの挿絵などからみると材料は串(くし)刺しにされることも多く,今日いう串揚げなどもてんぷらと呼ばれていたらしい。…
※「天麩羅屋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...