女堂村(読み)おんなどうむら

日本歴史地名大系 「女堂村」の解説

女堂村
おんなどうむら

[現在地名]笹神村女堂

北の陣(じん)ヶ峰、虚空蔵(こくぞう)山、真光寺(しんこうじ)山が作る谷間に位置し、村内を折居(おりい)川が貫流する。北は折居村、南は湯沢新(ゆさわしん)村、西は上一分(かみいちぶ)村と接する。正保国絵図に一八〇石余とあり、村上藩領であった。寛文一三年(一六七三)の組々村数并高付大庄屋付(大滝家文書)では山崎組に属し、貞享元年(一六八四)の郷村高辻帳には高二四一石余とある。宝永四年(一七〇七)頃の山崎組御巡見御案内帳(渡辺家文書)によれば高二七七石余・田畑反別二九町五反余、家数三〇、男一四一・女九五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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