宇垣郷(読み)うがきごう

日本歴史地名大系 「宇垣郷」の解説

宇垣郷
うがきごう

旭川右岸の近世初期の宇垣村(のちに河内村)を遺称地とし、一帯に推定される。文和四年(一三五五)八月二九日、足利尊氏は本主氏重・願信らの寄付の旨に任せて、「宇垣郷内山条村」などを京都妙顕みようけん(現上京区)へ安堵した(「足利尊氏寄進状」妙顕寺文書)。応永二五年(一四一八)の備前国棟別銭注文案(東寺百合文書)に、かたく支え申す在所として郷名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む