宇留地村(読み)うるちむら

日本歴史地名大系 「宇留地村」の解説

宇留地村
うるちむら

[現在地名]穴水町宇留地・越(こし)の原(はら)

山王(さんのう)川中流域山間にあり、東は大町(おおまち)村、西は河内(かわち)村。応永二八年(一四二一)九月三日、将軍足利義持より「穴水郷内うる地山崎分院主分」の下地が多門坊に与えられた(「池田善性譲状」来迎寺文書)。天文元年(一五三二)七月、南北(なんぼく)のうち「うるち村」で棟役を負担した役屋は一四間とある(「諸橋六郷・南北棟数注文写」諸橋稲荷神社文書)。永禄四年(一五六一)正月能登守護畠山義綱が重臣長続連の七尾私邸に臨んだ際、饗宴の献立目録写(長伝書)に長氏の家の子として宇留地孫四郎がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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