安東村(読み)あんどうむら

日本歴史地名大系 「安東村」の解説

安東村
あんどうむら

[現在地名]館山市安東

その村の南に位置し、西は二子ふたご村。山裾に広がる村。地内には熊野神社周辺に一〇基、高田こうでん寺周辺に三基の横穴墓群がある。文和二年(一三五三)五月一六日、足利尊氏は「安東内鴻栖村得行四郎入道跡」を上総国前弘さきひろ(現市原市)の替地として近江高島たかしま郡の佐々木高信の孫佐々木(永田三郎左衛門)長綱に与えているが(野田文書)、この鴻栖は地内の字北鴻きたこう・南鴻ヶ巣の一帯にあたると思われる。慶長二年(一五九七)の安房国検地高目録では高三七一石余(うち田三二二石余)、同一五年の里見家分限帳によると里見家の直轄支配地になっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む